問題児なの?

  • 2009.01.24 Saturday
  • 04:46

一月ほど前のことになる。忙しい中にも平穏無事な日々が続いていた。が、人生そんなに甘くなった。昨年、指名手配犯のようにポリスに追いかけられる事件があったが、それと同程度の衝撃の事態に見舞われ、「あーあ、やっぱり人生いろいろあるもんだ!!」とまたしても思い知らされた。

 それは、・・・

 学校へと娘を迎えに行く途中にかかってきた夫からの電話で始まった。
夫、「学校の先生から なにかイーメールがきていたぞ」
私、「何??先生からイーメールが???大変だ。今度は何事???」


 なにしろ、学校から父兄宛の個人的なメールにろくなものはない。その前の学校からのイーメールは、何日も夜更かしを続けた結果 寝不足に陥ってしまった娘が「何度も授業中に居眠りをしている。このままではいけない。ちゃんと睡眠時間をとるように」という英語の先生からの警告のメールだった。彼女、つい先日十四歳になったばかり。日本の学校で言えば、中学二年生。ベイビーだとばっかり思っていたけれど 最近では、気難しいことこの上ない。寝る時刻もずいぶん遅い。平気で十二時ごろまでおきている。「早く 寝なさい」などと口をすっぱくしたって ちっとも聞きゃしない。「そろそろそういう年頃かあ」と、感慨にふける余裕を見せつつ「まあ、放っておくしかないか」と、様子を見ていたら 案の定 先生からの苦いお叱りだった。
 だから、今回も「何かまたやらかしたな???」と、直感したというわけ。娘の学校からは こんなとき 両親宛に同じメールが送られてくる。  

 家に戻ると早速イーメールをチェック。その内容は ハイスクールに行くためのコンファレンスだとの説明だった。今回は 居眠りをしているわけではないらしい。一安心。

 

 そのメールには懇談に都合のよい日はいつか?とあったので スケジュールを調整し 数日後に学校へ出かけていった。


 この学校での個人面談は初めてだ。いよいよ来年からハイスクールになるので 担任の先生と児童とその父兄との三者面談だと勝手に思い込んだ。
 担任のL先生のクラスにくるようにといわれていたので 約束の時刻通りに学校へ行く。が、駐車場についてから、「娘の教室はどこだっけ???」と、戸惑ってしまう。そういえば、「Back to School Night」という年度初めの説明会の時に 一度 学校へ行ったきりだ。その後は 送り迎えで学校へは行くが、車から降りたことがない。すなわち、それ以後 学校の敷地に足を踏み入れたことがないといういつものごとくののんきものである。
 担任のクラスは、どこなのか?うろ覚えだ。この期に及んで うろうろしてしまう。こうなれば、当たって砕けろ。片っ端から教室を覗くしかない。「ここかな?」と、ひとつの教室の窓から中を見ると、ピンポーン。大当たり。担任のL先生が ドアを開けてくれてて中へと通された。とりあえず、ほっとする。
 L先生、親切に「何か飲みますか?サイダーか水??」と聞いてくれる。お水をもらうことにする。水を渡してくれてから、もう数人がくるからと そこにある机と椅子を 円形にセットしはじめるので 手伝うことにする。
 椅子や机を動かしながら、「あれ、個人面談と思ったけど この説明会はグループで受けるのかな?他の父兄は のんびりだなあ。時刻はとっくに過ぎているよ。やっぱりアメリカ人は 時間を守らないなあ・・・」なんてことを考える。
 数分後、次々と面談の参加者が現れる。最初は、同じクラスの父兄かと思ったが、何か様子が違う。彼らは みんな胸に写真つきのIDカードをぶら下げている。彼らは、一般の父兄ではなさそう。PTAのボランティアをしている人たちかな??と、首をひねる。しかし、しばらくして それは頓珍漢な勘違いと気がついた。
 何人目だったか忘れたが、一人の先生が、「私は数学を教えています」と、挨拶した。次に、校長先生も現れた。
 なんとなんと!彼らは 全員が娘を教えてくれている各教科の先生たちだった。数学の先生、英語の先生、校長先生、スクールカウンセラー、担任のL先生は、社会科の先生。
 というわけで「えーー???何が始まるの???」と頭の中を はてなマークが飛び交う。訳がわからないままに懇談が始まる。
 まずは、世間話のような感じで 娘が学校でよくやっているという説明がある。これは 彼らのお決まりの方法で まずはじめにしっかりほめる。その後に、あれこれと問題点を持ち出す。

 家には誰と住んでいるか?兄弟はいるか?本人はアメリカで生まれたのか?などなど、まるで取調べのようだ。それに、いちいち答えていく。が、びっくりしっぱなし。
 話が進むうちに わかってきたことは どうやら 娘のリーディング能力が 
英語のクラスで問題になっているらしいこと。  

 去年受けた共通テストのスコアを見せられる。バーバル(話し言葉)は問題なし。しかし、読解力が低いと、如実に出ているという。そして、こんなにアンバランスなスコアーは変なのだという。

 つまり、この懇談が開かれることになったのは、娘の英語の先生が あまりにも進まないわが娘の本読みに 頭を抱えてしまったこと。さらに、幼いころのことを作文に書かなくてはならなかったのに、彼女は 小さいころのことを覚えていないといって課題の作文を書かなかったことが問題になったのだという。そこで、先生としては、「なにか異常があるのでは?」と心配してくれて「このままでハイスクールにいったらみんなに遅れをとるだろう。それは本人のためにならないから、なにか手を打ったほうがいい」と、この懇談が用意されたというわけ。
 「はは〜〜ん。そういうことだったのか」とそこまで来てやっとなんとかこの大げさな懇談の状況を理解する私。


 わが娘、日本生まれの日本人だが、生後6ヶ月から こちらで育っている。日本語より英語のほうが数段得意だ。が、そこは 両親そろって英語を話す人たちに比べれば 英語能力は、劣る。天才ならいざ知らず たとえ表面的に自然な話し方ができるとしても 努力なしに彼らと横並びにはなれない。しゃべれるけれど 内容は いまいちだ。だが、本人は、そんなこと ちっとも 気にしていない。それをどうにかしようという努力もしていない。
 その「努力」という言葉だが、彼女の中には存在しないように見える。努力とか必死でがんばるとかそういう日本的など根性の世界は 彼女にとって、最も遠いもののようである。
 小学校の低学年のとき彼女を教えてくれていた家庭教師のお姉さんが あるとき面白いことをいった。「彼女はいつもいつもどうやったら最短の道でゴールにたどり着けるか?と考えている。ひとつのことに時間がかかるのは、わからないんじゃなくて 考えている時間が長いだけなんだよね」
 それを聞いたとき、「考えている暇があったら さっさと取り掛かればいいのに。そうすれば、短時間で終わるのに。私ならそうする」と わが娘ながら 理解に苦しんだ。小学校低学年の宿題でさえ なんとか楽ができないものか?と考えていたやつである。三つ子の魂なんとやら、今だって 彼女は 同じことを考えている。どうしたら 楽をして問題を解けるか?どうしたら 楽に本を読めるか?特に嫌いなものをやらなくてはならないときに それが顕著に現れる。


 先生方といろいろ話していくうちに、わかったような、でも 本当のところは、わからないような・・・。たぶん、私は 豆鉄砲を食らったような顔をしていたに違いない。校長先生 熱心である。そこに集まった先生方に いろいろ聞いてくれる。算数は?問題なし。社会も アップダウンは激しいけどちゃんとやっている。問題の英語も、本読みが進まないだけで 他のところは 平均以上にできているという答え。
 そして、さらに質問は続く、家族に読書を嫌いな人はいるか?勉強するのが苦手な人はいるか?など、ちょっと失礼じゃないの?と思うような質問までされるが、どう答えたらいいんだろう?あーーあ、ここで日本語で説明できたらちゃんと答えられるんだけど・・・。
 その我が家族が勉強に向かうときの姿勢はというと、勝気でお勉強大好き人間が若干一名。それほど がんばらないとしても ちょっとは努力はするというやつが 一人(これは 私。いつもお気楽マイペース)、そして、残りは、勉強が嫌いというよりは 要領がよくて それほど努力をしなくても 無難にこなせるタイプ。
 彼女の場合は 三番目のタイプ。気が向かないと どんな簡単なことでもやらない。つまり、できない。反対に、やる気にさせることができれば かなりの能力を発揮する。なにしろ頑固で 一筋縄では いかないやつだ。英語では
うまく説明できず ほとほと困ってしまう。

 

 最後に、先生から 

「何が問題なのかがわかるようなテストを受けてみてはどうか?そのテストは 学校と関係ないからお金がかかる。が、強制ではないし 義務でもない。でも、このままだと ハイスクールに行ってから ついていけないかもしれないので、早いうちに手を打って できることがあるならやってはどうか?」

という親切な(???!!)お申し出がある。
 「本人、ご主人とも相談してテストを受けるかどうかを 決めてください」
といわれ 懇談はそこで終わり、無罪放免となり帰された。


 その夜、早速本人に話すと、「テストは受けない。本読みは嫌いだからやっていないだけで できないわけじゃない。大丈夫だから」と、娘からは予想通りの返事。
 それからというもの どうしたものかを考え続けている。親として どうしてやったらいいものか?子供の教育のことであるから いくらのんきな私でも
真剣にならざるを得ない。もしかして、懇談のとき、先生が言ったことの本当の意味を 私は、わかっていないんだろうか??英語だからなあ。日本語で言ってほしいよなあ。
 夫は「もう十四歳にもなっているのだから 本人が判断してもいいんじゃないか?」という。
 が、それはちょっと親として無責任だ。なんとしても、そのテストを受けるよう本人を説得するべきなのか?しかし、いやだといっているテストを無理やり受けさせるのは 不可能に近い。それ以前に、そんなテストを受ける必要が本当にあるのだろうか?どうしたらいいのだろう?


 異文化圏で暮らす苦労を 久しぶりにまたしみじみと感じる出来事であった。


JUGEMテーマ:学問・学校

大統領就任式は 明日

  • 2009.01.20 Tuesday
  • 14:00
いよいよ明日にせまった。
歴史的な瞬間。

何が???というと
大統領の就任式。

アメリカ初
黒人の大統領が 誕生する。

わくわく。

こんなこと、あっていいのだろうか?

別に人種をいつも意識しないお気楽な私でさえ
こんな気持ちになるのだから
白人至上主義者や
アメリカンアフリカンの人たちの
興奮たるや
すごいに違いない。

想像できるというべきか???
いやいや
はるかに想像を超えているに違いない。

この就任式を見ようと
集まるであろう人の数が
またまたすごい。

アーバインのユニハイでは
期末試験が始まるにもかかわらず
授業の一環として
就任式を見学するために
学校を休み
再試験を受けることが
できるのだそうだ。

さすが アメリカの高校だなあ。
と 感心してしまうわけだが
それほどすごいということなのだろう。

明日の就任式を見るために
仕事を休むという人もいるようだ。

どんな興奮を巻き起こすのか?

普段は、政治にあまり関心はないけれど
これは やはりすごいことである。

初夢は

  • 2009.01.16 Friday
  • 02:51
つい最近、昔々の写真が 出てきた。
あまりにも懐かしかったのだろう。

突然そのころに戻った夢を見た。



     初夢や
       タイムトリップの
             三十年


あのころ、一緒に遊んだ仲間たち、
いまごろどうしているだろう???

こんな夢を お正月早々に見るなんて
どういうこと???

青春へのノスタルジー?
若き日への憧憬。
老いていくことへの反抗?恐れ?

いやいや もう 年をとることなんて
最近では、怖くなくなった。
見苦しくなく年を取ろう。
老いることを楽しもう。
そんな風に思えるようになったこのごろだ。

今年もがんばるぞ!!

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