ゴスペラーズがきた

  • 2007.10.30 Tuesday
  • 02:13


29日(日)トーランスのエルカミノカレッジに
日本のアカペラグループ ゴスペラーズがきた。

あまり彼らのことを知らずに 見に行ったのだが・・・

アカペラといえば、
最近、全国大会と銘打ったテレビの特別番組を
たまたま見たとき
出場者が素人とはいえ みんなうまいのに驚いた。

彼らが その流行というものを作ったのだそうな。

久しぶりに実力のある歌声を聞いたような気がする。
トークもうまく 感心した。


ああ、国際結婚 その6

  • 2007.10.25 Thursday
  • 15:45
長女が、自分たちで企画して、何から何まで
すべてやるという結婚式まで三週間と迫った八月の
最初の週末のこと。

その日だけはどうしても手伝いにきてくれと頼まれても
「自分たちでやるといったのだから、
行かなくても良いだろう」
としぶる夫に
「式当日、それも始まる直前にしか
行かないのだから お世話になる人たちとの
打ち合わせもかねて、その日は 
行かないでは済まされない」
と、説明し、やっとのことで重い腰を上げて
家を出発、お昼を少し過ぎた頃、ロスの校外東北に
位置する彼らの住まいへと到着する。

真夏のこととて、暑い日である。
そこは、内陸に入った場所なので
太平洋沿岸に近く夏も比較的涼しい我が家に
比べるとかなり暑く 気温は、昼を過ぎて
どんどん上がり体温より高くなっている。

いくらカリフォルニアがすごしやすい
といっても三週間後が思いやられる暑さだ。
「はるばる日本から来てくれるゲストも
数組あるのに、設備のないただの裏庭で
結婚披露パーティーができるのか?」
の疑問に加えて
「当日もこんなに暑くてはたまらないなあ。
パーティーだからみんなおしゃれをする。
ドレスアップして汗だくは、辛い。
その上、夕方日が落ちると屋外の気温は
急激に下がっていっぺんに寒くなる。大丈夫かな?」
との思いも加わり、心配の種は尽きない。

が、着いてみると、そんな心配しているのは
われわれだけの様子。

というのは、何もかも手作りの
結婚式をするということで 会場の掃除から
始まって、ライティング(大きな木を上手に
使ってちょうちん形の照明器具の設置)や
そのための電気配線なども含めて何から
何までしなくてはならないのだから、
長女も婿さんも、すでに仕事を始めている。
みんなそれぞれに大忙しで、
余計な心配をしている暇などないらしい。
 
挨拶もそこそこに三々五々集まってくる
娘の友人たちに混じって、
私たちも、早速、手伝うことにする。

夫は、婿さんと若い友人たち数人と会場となる裏庭の
片付けを手伝う。家を出てからも往生際が悪く
ぶつぶつ文句を言っていたわりには張り切っている。
さっきまでの不機嫌はどうなったのだろう??と
思わないでもないが、まあ、そこが彼のいいところかも
しれない。ここまできておへそを曲げっぱなしでは
大変なことなのでほっと一安心。

一方私の方は、その暑さにめげ気味。
「どうしよう。外の仕事はとても手伝えないかも」
と思っていると参加者の名札を作ること、
クッションカバーを縫うという仕事を与えられる。

ゲストの名札は、新郎の手作りの和紙
(彼は、和紙を作るために数年前に四国に留学した)に、
ゲストの名前がプリントされていて、二人が赤い糸で
結ばれているという意味を込めた赤い糸を使って、
フェルト布に縫い付けるのだという。

それにしても なんて手の込んだ凝った演出を
するのだろう!!アート系の仕事をしている彼らである。
このぐらいのこだわりは 当たり前らしい。
が、凡人の私にそのこだわりはない。
「おい、おい。そこまでやるのかい?
そんなに手をかける意味があるのだろうか?」
と、ちょっと(どころか大いに)疑問に 
思いながらも言われたとおりに名札作りに参加する。

娘の女友達二人、次女も末娘もそこに加わり、
小さな家の居間に即席の女の仕事場が出来上がる。

なにしろめっきり目が悪くなっているので
針仕事はちょっときついが、外の仕事はさらに無理なので 
見えない目を皿のようにして手探りで赤い糸を針に通し 
せっせと縫い仕事に励む。なんだか開拓時代のよう。

そういえば、昔、彼女が小さかった頃、
小学校低学年くらいまでは 手提げ袋や簡単な洋服を
手作りしたなあと、思い出す。

それにしても、「手作り名札」は、あまりにも手間が
かかり面倒な作業に思えて その日のうちに
出来上がるだろうか?と危ぶまれたが、
アイデアとしてはなかなか粋である。
「来てくれる人たちに彼らの真心が伝わればいいなあ」
と願いながら一針一針縫っていく。

4人くらいで作業を続けること数時間。だんだん目鼻がついてくる。
数時間後には 百個近い手縫いの「正真正銘の手作り名札」が
できあがる。


名札をすべて仕上げて、一段落し 夫の様子を見に行くと、
婿さんの友人たちに混じってミラーボールを木と木の
中間地点に吊り下げようと大奮闘している。
それはきらきらと太陽を反射して輝き3週間後のパーティーを
華やかに彩るはずである。

その前は、崩れかけていたガゼボを彼のアイデアで
上手に直したのだという。それは、体裁よくそれらしく
仕上げられている。

なにしろ、その場所は、 娘たちが結婚の誓いをする 
つまり、メインイベントが行われる大事な舞台だ。
そこを完成させるというお手柄を立てた彼は 
思った以上に上機嫌だ。

そういえば、彼は、その昔、まだ、身近に自然が残っていて
子供たちは学校が終わると野山で遊びまわった古きよき時代に
子供時代を過ごした世代である。家の周りの野山で木や草を
遊び道具に使って、育ったのだから 自然を相手にしたら、
そのアイデアは誰にも負けない。豊富だ。根っからの
いたずら小僧、野生児だ。 

それが証拠に、しばらくすると
「なかなかいい場所じゃないか。いいパーティーに
なるに違いない」
と至極満足げに 数ヶ月の懸念をすっかり忘れて
反対のことを言い始める。

それを聞いた娘は、
「だから、いったでしょう」
と自慢げにいい、結婚式問題が持ち上がって以来
すっかり怪くなっていた雲行きがすっかり晴れ上がる
(これが本当のカリフォルニアブルースカイ??)。

なんだか、いい雰囲気である。気がつけば、
こんもりと茂った大きな木々が太陽の直射日光を
防いでいる。大きな木が作り出す心地よい木陰が、
すっぽりと私たちを包んでいるので、耐えられないと
思われた暑さも、あまりきつくない。
 
名札作りを終えた私はといえば、クッションのカバー作りを
長女とバトンタッチすることに。クッションカバーは、
グリーンとピンクが会場のテーマカラーだということで
何種類かが用意されていて それをミシンで袋縫いにする。
その作業は、最初は長女がやっていたのだが、
「おお!!こんな簡単でいいのかな?」
と、大まかな私が感心するほどの大雑把な作り方だ。
長方形のあまり切れをクッションに合わせてざくざくと
適当に切り、アバウトに端をそろえて ミシンで縫っていく。
縫い目が曲がろうがお構いなしだ。とにかく袋状に縫えれば
いいらしい。それを見ていてこの程度ならと自信をつける。
縫仕事は好きじゃないけど 仕上がりにこだわらないのなら 
何とかなりそうである。


後日、長女が言うには
「おかあさんの作ったカバーは、自分が作ったものより
数倍きれいにできた」
とのこと。あんないい加減に作ったものを ほめられるとは!!
うれしいようなうれしくないような複雑な心境。

それにしても、私の仕上げたものよりひどかったという
彼女作のカバーはいったいどんなものだったのだろう?と、
首を傾げつつも この言葉で大いに親の面目躍如の感があり、
無責任に娘たちに任せてしまったイベントに少しは役立てた
かもしれないとやっと親としての責務を果たしたような
気分に浸る私。 

ああ、国際結婚 その5

  • 2007.10.17 Wednesday
  • 01:45
突然、娘が、
「夏休みに、自分の住んでいる家の裏庭で
友達を招待して 結婚式とパーティーをする。
彼の両親もドイツから来るので
それにゲストとして出席してほしい」
と言う。

この提案に、親としては大いに当惑したが
企画も準備も費用もすべて自分たちでまかなう
という彼らはそのときすでに走り始めていた。

彼女は、我が家の長女=第一子だ。
われわれにとって
結婚式なるものは はじめての経験。
力が入りそうなものである。
しかし、ことは そう単純ではない。

彼らがすべて自分たちでやりたいということで
もめにもめた挙句に
親でありながら、半分は他人事、
が、親であるから半分は当事者という
なんとも無責任な立場でこのイベントに
望むことになる。

そして、親としてのプライド(ただの意地かも)
「自分たちでやるといったんだから
せいぜいがんばってもらいましょう」
なんて、すっかりお任せモードに。

まずは、招待状。
彼らからすべてのゲストへと送られる。

ちなみに、ゲストということで
われわれのところにも
そのインビテーション(招待状)のはがきが届く。

その招待状、なんともユニーク。
なんどか英語の招待状をもらっているが
それらとも違っている。
ちっとも何のことかわからない
という代物。

親なのだし、出席するのはわかっているから
と、放っておいたら 娘から
「メッセージを入れて、返事を頂戴」
と催促される。

彼らにとっては当たり前の英語だが、
われわれにはちょっと(大いに?)厄介なしろものだ。
英語で書かれているとチラッと見たくらいでは
理解できないわけで、
実際のところ、その招待状も見ていないも同然だ。

そういわれて初めて
しっかりそのはがきを見てみると、
出席か欠席かの返信用はがきに
幸せになるためのアドバイスを
一言入れてほしいとある。
彼女がメッセージをほしいといっていたのは
これだったのかと初めてわかる。

とりあえず、リクエストに答えて
私にとって「幸せとは???」と、考える。
メッセージはもちろん日本語でもよいということなので
返事を出す。

そこには、結婚式の日時場所とともに
案内用ウェブサイトアドレスも
記載されているが、
ちっとも気がつかず すらっと流す。

日本の親戚と友人の何人かは 
このはがきを受け取っているはず。
彼ら、これを見て 面食らうに違いない
と、心配になる。

そこで、日本語で日時などを書き直し
日本へ出張する夫が親戚の皆にそれを手渡すことに。
あくまでも形式はずれで行くわれわれ。

もしも、これが日本で結婚式をするのであれば
すべて親としてかかわっていかなくては
ならない事柄に違いないのだが・・・。
まあ、なんとも気楽なカリフォルニア暮らし!!!
なんて常識がない!!と言われるのは覚悟の上だ。

そして、その日まで2ヶ月と迫った6月のある日、
娘から
「当日の3週間前に 庭の飾り付けをするので
手伝いに来てほしい。絶対来ないとだめだから
その日は空けておいてね」
と言われる。
「あれ?ちょっと話が違うでしょ。
私たちはゲストで何もしなくていいはずでは?」
というと
「その日は、ウェディングプランナーの友人も来るので
当日の打ち合わせをする。その日を逃すと彼女に
会う機会がなくなる。それに、みんなが手伝って
くれるのに自分の親が来ないのは心苦しいから、ぜひ」
とのこと。

「飾りつけというけれど、いったい何をするのか」
と聞くと
「パーティーは夕方から始まって夜中までやるから
会場を照らす提灯型のライティングを庭のあちこちに
取り付けたり 岩の上に座れるようにクッションを
おくから そのカバーを縫う仕事、
それに、手作りの名札をゲスト一人一人につけて
もらうので、それらを作ることなどだ」
という。

「俺が別に行かなくてもいいだろう。
自分たちでやるって言ったじゃないか???」
と意地を張る夫にその詳細は言わず
「われわれは、ウェディングの当日、
式が始まる直前にしか行かないのだから
その打ち合わせをするため」
と説明。

花嫁の父は何かとデリケートなので
あまり詳しいことはいわないほうが懸命なのだ。

「それにしても、うっそうと木が茂っているだけの
あんな殺風景な裏庭で パーティーなどできるのか?」
と、しきりに心配する夫。
そして、私は、
「3週間も前に飾り付けをしてしまって 大丈夫?
当日にならないうちに汚れてしまうのでは?」
と、別のことが気になる。

とはいえ、走り出した車は止まらない。


(続く)

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