インディアンとピルグリム

  • 2012.11.21 Wednesday
  • 15:29
 11月の第4木曜日(2012年は22日)は 感謝祭=「Thanksgiving Holiday

4連休。お休みが続いて楽しい。でも、楽しいだけじゃない。

いったい何に感謝する日なの??


参考) 第1話「ピルグリムって くさかった??」 詳しくは、↓

http://americajijo.jugem.jp/?eid=661 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

以下「Dont Know Much About The Pilgrims」より


第4話 「インディアンとピルグリム」

 

★スクワントは何者?

 

サモセットは、数日後に 5人の腹ペコのインディアンの友達を

連れて戻ってきた。ピルグリムたちが インディアンに

食べ物を与えると そのお返しに インディアンたちは 踊りを踊り

歌を歌った。英国人は インディアンたちのそういう踊りや歌を

一度も見たことが無かった

 

サモセットが連れてきたインディアンのなかの一人が 

ティスクインタムだった。ピルグリムたちは 彼を

スクワントと呼んだ。彼は サモセットより上手な英語を話した。

 

なぜ? スクワントは 実際にイギリスに行ったことがあったからだ。

 

彼は誘拐されて、英国の船長に スペインで奴隷として

売られるところだったが、逃げ出した。彼は イギリスに逃げていった。

そこで ロンドンの商人に助けられて 家に戻ってきた。

 

スクワントの部族はサモセットの部族のそばに住んでいた。

現在プリマスがあるところだ。スクワントがイギリスから

帰ってくると平野には骸骨が散らばっていた。疫病が蔓延して

インディアンたちは壊滅していた。死んだ人を埋葬するのに

間に合わないほどの速さで 感染した。

だから、スクワントは部族の中でただ一人生き残りになった。

独りぼっちになってしまったスクワントは近所の

ワンパノアグス(Wampanoags)部族と一緒に

暮らすことにした。それが、サモセットの部族だ。

 

スクワントはピルグリムたちの大親友だった。

彼はピルグリムたちと残りの人生をともにした。

スクワントの手助けが無かったら

ピルグリムは 誰一人生き残れなかったに違いない。

 

 

★なぜピルグリムたちはコーン(とうもろこし)とともに魚を

埋めたのか?

 

これはスクワントが彼らに教えた農業の秘密だった。

へリングと呼ばれる魚が 肥料のような役割をして

とうもろこしの成長がよくなった。

スクワントは ピルグリムたちに 2〜3匹の魚と

一緒に とうもろこしを埋めて 小さく土を盛り上げる

方法を 教えた。

スクワントは「樫の木の実がねずみの耳くらいの大きさに

なったらコーンを 植えなさい」と言った。

ピルグリムが 最初に上陸したとき、盗んだとうもろこしを

スクワントに助けられて植えなかったら 入植者たちは

誰一人生き残れなかったに違いない。 

 


★スクワントは何をピルグリムたちに教えたか?

 

あ)野生のハーブが生えている場所

い)野生の野いちごや草のどれが安全に食べられるものなのか?

う)魚やうなぎが取れる場所

え)網、鍵型の道具、槍、そして素手で 七面鳥や鹿や

  その他の野生の動物を捕まえる方法   

これらを スクワントが ピルグリムたちに教えたのだ。

 

 

★ ピルグリムとインデアンたちは 仲良くやっていたか?

 

スクワントのおかげで 彼らは仲良くやっていた。ピルグリムのために

スクワントがしてやった一番の功績は インディアンとピルグリムの

間に立って 通訳をしてくれたことだった。彼は インディアンの

ワンパノグス(Wampanoags)族の酋長 マサソイトとピルグリムが

大事な平和条約を結ぶ手助けをした。

 

マサソイトは 60人の男たちとともにプリマス近くの丘に到着した。

エドワード・ウィスローが 協議のためそこに送られた。

スクワントは通訳として 働いた。ウィスローは マサソイトと20人の

インディアンがカーバー知事と話しに行くときに そこに

人質として 残ることに同意した。

マサソイトと知事は 建設途中の建物のクッションに座った。

その場所で 彼らは 食べて お酒を飲んで、友人になることに

同意した。平和条約は双方のグループにとって重要だった。

特に西方のインディアン部族たちは ワンパノアグス あるいは

ピルグリムのどちらかを襲ったに違いない。平和は、条約によって

50年以上続いた。 

 

★条約には何が書かれていたか?

 

ピルグリムとワンパノアグスは 決してお互いに戦わない。

それを破ったものは 処罰されるであろう。

 

もし、どちらか一方が 襲われたら、もう一方はその守備を助けること。

 

インディアンと入植者たちは お互いを訪ねるときには 

武器を持たない。

 

盗みは 許されない。

 

インディアンたちはピルグリムから取った道具を返却する。

 

 

入植者たちは 安全が守られたので 一安心だった。

ピルグリムの一人、エドワード・ウィスローは

「今、ピルグリムは 英国のハイウェーのように森の中で

平和で安全に歩くことができる」と記した。 

  

★インデアンたちは 友好的過ぎたのか?

 

マサソイットとカーバー知事が 平和条約を結んで後

もっと、もっとたくさんのワンパノアグスたちが

プリマスを訪れるようになった。

そして、彼らは いつも腹ペコだった。

もし、これらの訪問者たちが 引き続き訪れたとしたら

ピルグリムの食料は、なくなっていたことだろう。

結局、ピルグリムたちはマサソイットに使者を出して

丁寧に そんなにしょっちゅう来ないで欲しいと

頼んだ。彼は 同意した。

  

英国人とインディアンの間の友好関係は 後に 衰退していった。

それは、ウィリアム・ブラッドフォード(プリマス植民地の2代目の知事)

とマサソイット酋長が死んだ後のことだった。

英国は 怒った。なぜなら、インディアンたちは 

彼らのとうもろこし畑を荒らした牛を殺したからだ。

インディアンたちは 怒った。なぜなら 英国人たちは 

彼らの土地を奪い、彼らに 信仰を押し付けたからだ。

 

1675年、ワンパノアグは 英国の入植者たちを 襲った。

それに続く戦いは「フィリップス国王の戦い」と呼ばれた。

というのは フィリプとは ヨーロッパ人たちが 

新たなる指導者であるマサソイットの息子をそう呼んでいたからだ。

両方の陣営は 長く厳しい戦いを続け、最後はインディアンが

打ち負かされた。

 <続く>


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