自然をいただく

  • 2017.04.22 Saturday
  • 19:52
タケノコの旬を迎えている。
今年は寒かったので 例年より遅いらしいが・・・。

朝、古くからの知り合いから電話。
「これから山へ行ってタケノコを掘ってくる。
数日前に雨が降ったから タケノコが出ているに違いない」
とのこと。

電話からしばらくして玄関のチャイムが鳴る。
こんな早くから誰だろう?
甥っ子だった。
「タケノコを掘ってきたから」
と、ビニール袋からごろごろと掘りたてのタケノコが顔を出した。

すごいねえ!こんな朝早くからとってきてくれたんだ。
有難い。
今日はタケノコの当たり日かもしれない。

取れたてのタケノコ!
何年ぶりに見るだろう?
この旬の食材は アメリカではありつけないものの一つ。
そして、この時期に日本にいない限り 掘りたてを頂くなんてチャンスは無い。
なんて、ラッキーな!

ウハウハしながら皮をむく。
意外に大変な作業だけど 掘りたてをすぐゆでればそのお味は格別。
苦労は報われる。

そして、その数時間後、
今度は背負い籠いっぱいのタケノコが玄関に。





タケノコ、見るからに量(かさ)は多いが
むいてしまえば たいしたことはない。

この方、お山のプロといってもいい。
一緒に タラの芽、ワラビなどの山菜も一緒に届く。

剥いても剥いても皮。




タケノコの皮の山ができる。
タケノコは取ってからゆでるまでの時間が短いほどおいしい。
時間との勝負だ。

そして、皮をむかれたタケノコはお鍋に並べられて
ぐらぐらと五右衛門の釜茹での刑に。





お夕飯は 当然、
たけのこご飯、
タケノコのお吸い物、
タケノコの天ぷら
(こちらは剥きたてをゆでないで天ぷらに)








田舎の生活のだいご味はこれなんだわあ。
おしゃれじゃないけど 思いっきり自然を頂いて
感謝、感謝!!!


戦闘機?

  • 2017.04.18 Tuesday
  • 22:11
屋久島空港は 小さい。
屋久島には平らな場所が少なく 海の縁に張り付くように
ようやく直線で平な滑走路を確保したというそれはとても短い。





したがって 本土から飛来する飛行機は 搭乗人数100人未満のプロペラ機のみ。
今時プロペラ機なんて 滅多にお目にかかれない代物だ。

屋久島を離れる日、一日一便しかない大阪行きの便に乗り込み 離陸を待つ。
プロペラが回り出す。
小さな機体は 思いっきり元気よく離陸準備。
便数が限られているので その座席はいつものように満席。
満席といっても 乗り込む人数が少ないので 15分もあれば 搭乗は 完了する。

程なく 離陸。
機は ぐんぐんと高度を上げていく。

運良く昨夜大雨を降らせた低気圧は通り抜けていき 靄(もや)っているものの
三日ぶりに太陽がギラギラと強烈な西日となって 目に痛い。




軽快なプロペラ音が耳に心地よい。
機上から見ると 屋久島空港の狭さを再確認。
風が吹くと 危険というので すぐに欠航になる理由も納得。
しかし、今日のフライトは大丈夫そうだ。

不謹慎にもまるで戦闘機乗りになったような幻想を抱く。






今回、一週間の滞在で 到着した日からお天気に恵まれ なんとラッキーなんだ!と感謝。
そして、帰る前の二日間 雨の屋久島にも遭遇。たっぷり屋久島の屋久島らしさを享受。

ありがとうございました!

恐れを持って屋久島の神様に感謝申し上げる。

虫と暮らす

  • 2017.04.18 Tuesday
  • 11:55
屋久島の生活は 都会のそれとはかけ離れている。

虫と暮らすことを覚悟しなくてはならない。

亡父は ムカデに一度噛まれて痛い思いをした後 とてもムカデには 注意深くなった。
「ムカデに刺されたら 痛いぞ。言いようのない痛みだ。気をつけないといけない」
「靴やスリッパ、長靴などの履物を履く時 必ず逆さにして 中にムカデがいないかを確認しないといけない。
うっかりムカデ入りの靴を履いたりしたら 大変なことになる」
と 口癖のように言っていた。

ムカデなど見たことのない私は 父のその言葉に怯え
屋久島に滞在するときは 必ず 履物をひっくり返してから履くことにしている。

今日も台所を掃除していたら 体調 8センチのムカデがお出ましになった。
こやつ おっとっとが撒き散らした殺虫剤に汚染されていたらしく よろよろだった。
が、その形相は やはり十分に恐ろしい。


屋久島流、晴耕雨読

  • 2017.04.17 Monday
  • 13:38
「屋久島発、晴耕雨読」長井三郎著

時には同じものを読んで 「面白い」と気があうこともあるらしい。

おっとっとが 屋久島の北のほうにあるコーヒー屋さんで見つけたという
この本、甘っちょろい私の屋久島愛を 蹴散らして 粉々に砕いてしまう。

著者 長井三郎さんは 屋久島生まれ 屋久島育ち、早稲田大学卒。屋久島在住。
1951年生まれというから 少しお兄さんだが 似たような年だ。

日本国という同じ国で 同時期に 子供時代を過ごして来たはずなのに
本の中の長井三郎さんの子供時代は 私のそれとは似て非なるものだ。
牧歌的で懐かしいものだけれども 一方で もっともっと 壮絶というべきか?
高校生の頃にやったという土葬されたお墓を掘り返すアルバイトのお話など
びっくりを通り越して腰が抜けてしまいそうだ。

そんなこんながあって、今この瞬間、屋久島が未だに持ち続けている良いところは
私たちが 利便性を追求し 時間と共に 失ってしまった何かだということを 切々と教えてくれる。

読みながら
「お前たちには屋久島の良さなど 分かるはずがない。
そんな薄っぺらな気持ちでここに来るんじゃない」
と 痛烈に怒られ 謗られ 責められているような気がする。

「もっと謙虚な気持ちで生きろ!」

今日も 屋久島は 荒れている。

風の音と絶え間ない潮騒、山から流れ出る水の音、風に擦れる木々のざわめきの中で。。。


屋久島の怒り

  • 2017.04.16 Sunday
  • 15:16
今日の屋久島は怒っている。
「島の生活はそんなに甘くないよ」
とでも言っているかのようだ。
お昼過ぎから雨が降り出し 時折 カミナリが鳴っている。

雨の屋久島 本領発揮だ。

今日は鹿児島からの飛行機は欠航だと島の地域放送からお知らせが流れる。

そうそう、屋久島空港は 風に弱い。
パイロット泣かせの危険な空港だ。
風が吹くとすぐに 飛行機は飛べなくなってしまう。

最初はかわいくておとなしい音だったが雨の降り方も激しさを増して
カミナリの音は 徐々に破壊力を増している。

カミナリが鳴ると 亡父は テレビ、電子レンジ、冷蔵庫などの電気製品のコンセントを抜くと言っていた。
カミナリが落ちると 電気製品が ショートしてその度に壊れてしまう。それを防ぐためだと。

時折地鳴りと共に起こるドッカーンという音、目をも眩ます閃光は
外の世界から来ている甘っちょろい私の屋久島への愛を あざ笑っている。




時の迷路

  • 2017.04.15 Saturday
  • 15:33
幸せの時間なんて簡単に言える瞬間はそうそうないが、
ここには存在するような気がする。

ゆっくりといつもの十分の一くらいのスピードで 時間が回る。
聞こえるのは 水の音と海鳴り。
眼に映るのは 透明な水とめまいがするほどの森の緑。




屋久島はあたかも異次元空間のようにそこにある。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%8B%E4%B9%85%E5%B3%B6

亡父は 屋久島が世界遺産だなどと騒がれるずっと前 1985年頃に
この島に魅せられてしまい、引退後の生活をこの島でと決め
タンカン栽培をしたり 海に出て漁をして 自分の食べる魚を採ったりして暮らし
2010年の秋 大好きな畑仕事の最中に倒れて 人生を終えた。

父の屋久島歴25年の間 数回訪れただけだが 島の魅力は 父のおかげで ちょっぴり他の人より知っていると自負している。

今日は 麦生のどうふちカフェでコーヒータイム。



杉の子が可愛すぎる!



カフェのおじさんが
「それも1000年すれば屋久杉だよ」
って。。。
悠久の時は ここからも繋がっている。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%8B%E4%B9%85%E6%9D%89


紀元杉

「九十歳。何がめでたい」佐藤愛子著

  • 2017.04.10 Monday
  • 20:52
「面白いらしいよ」と母。

母は 去年 圧迫骨折と腸閉塞で半年近く入院、年が変わり やっと家に戻ってきた。

その母の様子を覗きに 実家に戻った時の会話だ。

へえ。佐藤愛子?最近 読んでいないなあ。

学生時代、愛子さんのエッセイ、大好きだった。よく読んだ。
結婚してからも その軽快さや豪快な語り口が好きだった。

が、ある時気付いた。

「なんだかなあ。男尊女卑のような。。。前時代的だし。。。非合理的だし。。。 あまりにも潔(いさぎよ)すぎて 損だよなあ」
と思うようになり 好きでなくなった。

それからしばらく愛子さんの書くものとはご無沙汰だった。

それにしても、愛子さんらしいタイトルだなあ。

「読みたい?」
と母に聞くと
「お腹を抱えて笑いました とか評判らしいよ」
と読みたそう。

で、さっそく注文して 読み始める。

「こみ上げる憤怒の孤独」から愛子節炸裂。
29個のエッセイ。
何を読んでも 必ずどこかで 笑える。

愛子さん、九十歳をすぎてますます血気盛ん。怒っていらっしゃる。
懐かしいわあ。この感じ。

ドラえもんからランドセル人気

  • 2017.04.09 Sunday
  • 06:11
アニメから世界人気のランドセル(高木子猫)

一昨日(4/7/2017)は 全国的に入学式だった。

静岡はあいにくの雨で 新入生には ちょっと残念な日となったけど。。。

入学式といえば 一年生の背負うランドセル。
かわいい!

さて、このピカピカの一年生の背負うかわいいランドセルが
海外で大人たちに人気だというのを小耳に挟んだのはいつだろう?

それにしても何故?

世界中で人気の日本のアニメ、ドラえもんなどに出てくる小学生の背負うランドセル、
などの影響で ランドセルが世界に認知されたとか。。。

「ランドセル=ファッション」の火付け役はアメリカの若い女優さんだという。

そのクオリティの高さとかも人気だとか。

日本人にとっては子供のものでしかないランドセルが
世界のファッションアイテムになっているって 不思議だけど 嬉しいね。

ところで そのブーム 未だに続いているだろうか?
ご存知の方、教えて下さいませ。

人生の終わり方

  • 2017.03.30 Thursday
  • 15:10

久しぶりに映画館で映画を見た。


「The Last Word」シャーリーマクレーン主演


Facebookの宣伝で この映画のことを知った。
なかなか良さそう!

観たいと思っていると・・・。

 

なんと映画の招待券(フリーチケット)が2枚 降ってきた。


これも初めての経験なのだが、
トリプルA でかなり待たされた後、係の若い子が
「辛抱強く待ってくれてほんとうにありがとう。
待たせてしまって申し訳なかったから
この映画のチケットをどうぞ!」
と、くれたのだ。


かなり待ったからね。それも文句も言わずに。
ご褒美ってわけね。

映画好きな友人を誘ったら 付き合ってくれるという。

 

で、行ってきた。

 

ちょっとあらすじなど・・・

 

ハリエットは自分の周りをすべて思い通りにコントロールしないと
気が済まないという鼻っ柱の強い女性。
81歳。仕事を引退し、悠々自適の毎日。
裕福で 小奇麗なそこそこ大きな家に何不自由ない一人暮らし。


だが、できる、いや、でき過ぎる女だけに、
暇とエネルギーを持て余している。

 

ある眠れない夜、ワインを飲みながら、睡眠薬を多めに飲んでしまう。


案の定、救急車で運ばれることに・・・。
主治医は 「ひょっとして自殺未遂?」と彼女を疑うが
ハリエットは間違ったのだと言い張る。


いくらコントロールフリークのハリエットだとしても、
人生に自ら終止符を打つのは キリスト教徒の彼女には許されない。

 

その数日後、やっぱり薬瓶を眺めているハリエット。
おもむろに4〜5錠の薬を取り出し・・・


と、ワイングラスを倒して中のワインが机の上にこぼれる。

慌ててこぼれたワインを拭こうとして新聞を取り出す。


そこで、偶然見つけたのが美辞麗句で飾られた知人の新聞死亡広告。

 

それを見たハリエットはあることを思いつく。

新聞社に出かけていき、記事を書いた若い女性記者アンに

自分の新聞死亡記事を書いてほしいと頼む。

生きている間に 死亡記事を書くという奇抜なアイデアに

最初は、面食らうアンだが・・・。

 

ハリエットの記事を書くために彼女のことを調べ始め

ますます面食らうアン。


アンと知り合って ハリエットは変わっていく。

 

ハリエット、何でも自分の思い通りにしたいがために
夫とは離婚、娘とは絶縁状態、友達もいない。


お金はある、仕事にも成功したけれど
孤独でさみしい人生の最期を迎えつつあったハリエットの不安は
若いアンとブレンダによって解消され、幸せなものになっていく。

 

できる女ハリエットの孤独が、
嫌味な老女ハリエットの心の裏側の魅力が
なんだかとっても心にしみる作品。

 

こんな風に人生の幕引きができたら いいなあ。

 

コントロールフリークだって、

嫌味な仕事のできる成功した女だっていいじゃない。

離婚してたって 子供に嫌われてたって

自分を生ききったら こんなに幸せになれるんだ!

人生って素晴らしい!

 



 

JUGEMテーマ:映画

散歩 その後

  • 2017.03.30 Thursday
  • 04:30

ほとんど全身、特に腰から下の筋肉痛。

 

痛、痛てっ!

 

原因は、二日ほど前の30分強の家の周りの散歩。

そんなことで筋肉痛?

そうなんだよねえ。情けないけど。

でもね。この痛みも 今は嬉しい。

 

何がうれしいって 痛みの違い。

手術前の痛みは 今思えば 明らかに病的な痛みだった。

20年近く足先から足首までの痛みを我慢した結果

その痛みに徐々に慣れていき、

痛いのが当たり前になり・・・。

 

我慢に我慢を重ね 手術前は 我慢できない痛みとなっていた。

 

それが、今 消えている。

 

人間というものは、いやなことはすぐに忘れるらしい。

それまで足の状態がどんなだったのか?

今、忘れつつある。

 

が、耐え難い痛みは 確かにあった。

偏平足の足は変形して 内側の骨が飛び出していた。

それば、ブレイス(補助器具)に当たり 痛さは並大抵ではなかった。

ドクターに 何とかしてくれと言うと

骨を削るか?と言われて 即座に断った。

 

「穴を埋めますか?骨を削りますか?」↓

http://americajijo.jugem.jp/?eid=839

 

手術前は 立ち上がるとすぐに足首が腫れ始めるので

台所仕事も辛かった。

 

歩かなくちゃと思って散歩に行けば 十分歩くうちに

変形した足が靴の中でぱんぱんになって、悲鳴を上げた。

 

よく我慢したなあ。

あの痛さ、もう結構。

もう、戻りたくない。

 

そんなことを徐々に気が付かされるこの頃、

足って大事だなあ。

もっと早くに手術受けれいれば もっと早くに楽になったのに・・・。

 

でもね。

切ったりはったり自分の体にメスを入れるって なかなか勇気がいる。

 

長かったけど・・・

いろいろあったけど・・・

最終的に いいドクターに巡り合えて手術が受けられて、

痛みから解放されて、本当によかった。

 

もし、私のように苦しい痛みに耐えている人がいたら

思い切って手術を受けるよう勧めたい。

 


 

楽になりますよ!

 

JUGEMテーマ:健康

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